ATの断薬日誌

ベンゾジアゼピン薬剤2種類をカクテル処方され 8年間 長期大量服用後、遷延性離脱症状に悩んでいます。ベンゾ歴は約18年  筋肉減少と皮膚異常が同時進行。同じ症状の方、事情通の方、情報をお寄せ下さい。筋肉減少、胃痛、咽喉の痛みと違和感に悩まされています。 ベンゾジアゼピン後遺症 闘病記録 

現在レキソタン5mgで調整中 ベンゾ服用歴 1)ブロマゼパム2)ジアゼパム2種類Maxカクテル処方。(15mg×2=30mg)カクテルMax期間約8年 07年~15年 2017年3月頃にジアゼパム断薬済み。常用量離脱、遷延性離脱、後遺症の症状に悩んでいます。【追記】2018/01/04 胸や心窩部の奥、体の内側から筋膜がはがれるような感覚です。 呼吸も浅いです。一日こんな調子です。手足指 の皮が薄くなって刺激が伝わりやすいです。2018年2月8日 デザイン変更 3月20日 レキソタン増量10mg。サイレースも追加 長期ストレスより楽な短命を選びました。 5月レキソタン朝夕再服用開始。5・7外出できました。6月現在、レキソタンのみ。サイレースは飲んでいません。家事と外出ができるようになりました。(筋肉衰弱状態は変わらず)



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6月も後半にさしかかると、
初夏を思わせる日の光と暑さがやんわりでてきます。



ちょうど去年の今頃は、病床に伏し福祉のヘルパー事業所と契約した時期です。


いつも前年比で考えレポート。これくらいでないと、どれだけ体が衰弱したのか
健闘もつきません。






暑さは乗り越えられるでしょう。しかしその後の
季節の移ろいを迎えることができるか不安になります。

新しい福祉業者に交代するものの、やはり、ひとくせもふたくせもある人達です。
病気でこのような人達に頼らなければならない。

かつての自分からは考えられません。


食欲不振が続きます。この点昨年より悪化しています。

家事力ははるかに向上したのですが、
筋肉が衰弱したままです。

この時期を乗り越えると少しは楽になると信じたいです。






特定のキーワードでレッテル貼りをすることは非常に浅はかでした。
(私自身、その自覚はありませんでした。便利な表現の一つのつもりでした)

過去の記事を読んでみると、排他的(?)な発言が目立ち、
自らの思慮の浅さを反省せざるを得ません。

なるべく過激なキーワードを使わず、それらに煽られず
に穏やかにやり過ごしていくことを心得たいです。


負の想念は時としてパワーになりますが、あとから見ると非常に
幼稚で独善的だと過去の記事を読んで反省しています。


こういう負の想念で自らを肯定しようとするところに
ベンゾ依存につながる性格的要因があるのでしょう。


苦しんでいたとはいえ、

自らの言動を反省したいです。



批判はまた別に建設的意見を交えてやればいいのです。








15日追記

というわけで過去記事からNGワード(またはその恐れのあるもの)
を削除又は手直ししています。
著作権にも配慮。

恥ずかしい記事でもそのまま残しておきたいのですが、
NGワード、著作権侵害に該当するもの(しそうなもの)は
記事全体を非公開又は削除しました。

テーマ自体がそもそもダメなんですが、そういう薬をのんでしまった自分が愚かでした。

資本主義とはいえ、騙す方(医療)がもっと悪いのは当然ですが・・・







意識は昨年に比べ明瞭となり、
家事もヘルパーさんの存在感ではかどるようになりました。

ただ食欲が完全に途切れ、食の楽しみがありません。

福祉業者はどこか怪しく、初代のケアマネに比べるとマシになったものの、

手口が巧妙化した貧困ビジネス業者なのでは?という疑念が常に付きまといます。



本家ブログ 




肉体が朽ちているのを実感する中、このような業者まで相手にしています。






  筋肉減少はひとまず落ち着いたとはいえ、内部の肉の喪失感があります。

それを補おうと無意識的に食べています。


朝昼晩のリズムは全くありません。ただ内部の肉の喪失感を埋めるために、
ゆで卵、肉野菜、魚をずいじ補給しています。


空腹感もないのに過食傾向です。


身につかない感覚があります。一方で手足の皮膚が薄くなり物に触れると痛みが走ります。


どこかでV字回復してくれないかと期待しているのですが、
差し迫る時間、尽きるお金、肉体の喪失。

何もかも奪われ尊厳まで風前の灯火。



30代の気力体力筋肉が少しでも戻ればどれだけあり難いことか。

あまりのギャップに茫然自失になります。






レキソタン。まだやめられません。何らかのベンゾジアゼピンの
供給を脳が要求しているのでしょう。

依存薬物の恐ろしさ。



後悔、慙愧の念、無念。


生きた心地しません。
せっかく作り上げた体を奪われた感覚。

筋肉が少なくなりました。


これでも生きているのが不思議です。




筋肉減少は今のところ落ち着いてきています。
これはあくまで「主観」で実際のところ、客観的にはどうかわかりません。
(かなり衰弱しました。行きつくところまで行きついた感覚です。これ以上進行しないことを
願っています)


ただものに触れた時の痛みと違和感は以前にも増しました。


胃の調子 昨夜少し空腹を覚えました。







月に1~2回くらい薄い空腹感が圧程度です。
睡眠は意識が遠のくような感じです。



一番つらいのは食事がおいしく取れないことです。
食事がとれるあり難さがあるものの、
空腹感も満腹感もない状態。

胃そのものには異常がないそうですから、
脳の問題。即ちベンゾジアゼピンによる薬害後遺症
が原因です。


時間薬で治ると信じています。


昨年のような命の危険な状態は福祉のサポートで和らいできました。

ただ、やはり看護師という存在が疎ましい。
2件目の看護ステーションからの訪問看護師で期待していましたが、
「やはり」残念な人がらでした。

職業差別ではありません。これまで



まともな看護師を今までみたことがないのです。

介護士さんの方が本来の看護職に適しています。


訪問看護師は障害年金の審査通過のための装置とは言え、プライバシーを公開し、
お金まで払っている(一割負担+交通費)ですからしっかり仕事をしてもらいたいです。




手に傷ができても「大丈夫」と主観で放置されます。
自分で手当てしました。

訪問看護師の意味ないですね。

彼女らは一体何を考えているのか?

驕り、傲慢、不遜、怠惰、人生をなめている。

人間としての品位が著しく欠けています。職業病でしょうか?もともとの性格でしょうか?

原因がわかりません。 本来の看護の精神をもって職務を遂行してもらいたい。





そもそも看護師は、自意識過剰で患者を自己顕示欲
を満たすための道具としか見ていないのでしょう。
医師も同じようなものです。


それで高収入ですから、余計に増長する。


ベンゾ薬害にあうと関わりたくない人種に関わらなければならない辛さがあります。


気の合うヘルパーさんが一番の癒しです。






追記)ベンゾ薬害を生んだ戦後日本経済成長の要因と背景


戦後日本の高度経済成長が可能になったのは

1)教育勅語を受けた世代
即ち兵隊に行った世代が築いた資産と人的能力(勤勉と優秀さ)があったから。

2)アメリカが対ソ戦略でアメリカ市場を日本に開放し
日本製の自動車や家電製品を
自国の産業を犠牲にしてまで購入してくれたから。

3)また焼野原からの出発で不動産取引が活発。

それで身の丈以上の高収入とマイホーム、マイカーセットが
敗戦直後世代に可能になった。(バブルで余計、身の丈を忘れた)

世界情勢や歴史、経済を知らず、すべて自分の実力と思い込んでいる。

こうした親を持つと家庭は乱れ、心は病む。

ここに精神医療が入り込みベンゾジゼピン公害が広まった。


世代論は例外の方もおられるのでその辺は勘案してください。






昨日は移動支援で市役所など官公庁に行ってきました。

申請書類が多く、筋肉が薄くなった体での動作はどことなくぎこちなく、

昨年に比べて意識は明瞭になったものの、弱体化した体を意識せざるを得ませんでした。


「いつか回復する」


神経の一部でも正常に作動している限り、他の支障のある神経をカバーし、それを以て
全体的に回復するのではないか?という希望を持っています。


今は苦しい。表面的な筋肉減退だけでなく、ノド、胃といった内臓器官が萎縮しているように思える
のです。




おそらく萎縮しているのでしょう。

栄養補給も奏功せず、神経伝達の異常を感じざるを得ないのです。

汗もうっすらかくようになった。生活費の不安などまだ療養に不安な点もありますが、一つずつ克服していきたいです。

これまで培った筋肉が薄くなった事実はとても厳しく、自分に迫るものがあります。


「一部でも」「一か所でも」全体的な回復は一部から一か所からと念じて
全体的な回復を目指しています。


機能の移動支援は公共手続きの基盤と気分転換という意味において治療生活の役に立ちました。


人の助けを素直に求めることは甘えではなく、正当な権利の一種だと思います。








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